1947〜1985年
創立期〜戦後の復興
1948年3月に奈良県ろうあ者福祉協会(一般社団法人奈良県聴覚障害者協会の前身)を設立し、事務所は奈良県立ろう学校内クラブハウスに置き、活動を始めました。同年の4月には近畿聾唖連盟が大阪で結成され、同時に加盟しました。そして、1959年9月に婦人部(現・女性部)を結成。続いて、1963年4月に青年部を結成し、活発な活動を行いました。
全国の組織「全日本聾唖連盟」が群馬県伊香保温泉で結成。
奈良県ろうあ者福祉協会創立、初めて聴力障害者の県組織が誕生。初代会長に河合清男を選出。事務所は、奈良県立ろう学校内クラブハウス(奈良市油阪町)に置く。
「近畿聾唖連盟」が大阪で結成、それと同時に当協会が加盟。
第2回近畿聾唖者大会を初めて奈良で開催。(於・天理市)
当協会事務所をこれまでのクラブハウスから会長宅に置く。
当協会に婦人部を結成。初代部長に河合周子氏を選出。
当協会に青年部(初代部長・中井功氏)を結成。その後、財政難のため解散。
青年部再建。再建初代部長に乾二郎氏を選出。
奈良県聴力言語障害者協会と名称を改める。
第1回文化祭を開く。以来、毎年開催。
第3回近畿ろうあ者体育大会を初めて奈良で開催。(於・奈良市)
日韓ろうあ親善野球記念大会を韓国のソウル市で開催され、当協会野球部(団長・会長)を派遣。
第1回「耳の日のつどい」を開く。以来、毎年開催。
当協会の組織人数200名を突破。
当協会の機関紙を再刊。機関紙の名称を『ろうあ大和』と命名し、新たに出発。
第20回全国身障者スポーツ大会を奈良で開催。当協会は、手話コンパニオン養成に貢献。
奈良県聴力障害者協会と名称を改め、組織統一のスタートを切る。
1986〜1999年
協会組織固めの時代へ/法人化・差別撤廃運動
当協会創立後に機関紙の発行が中断していましたが、1983年7月、機関紙を再刊。機関紙の名称を『ろうあ大和』と命名し、新たに出発しました。県下の地域協会と当協会との連携を図るべく、1985年4月に「奈良県聴力障害者協会」と名称を改め、ブロック制の体制をもって組織統一のスタートを切り、会員の増加をはかりました。1987年4月に老人部(現・高齢部)を結成。同年の当協会定期総会が40回目を迎えるにあたり、式典やアトラクションなどを盛り込んだ「第1回奈良県ろうあ者大会」を開催。1988年10月、これまでの当協会事務所を初めて公共機関の奈良県心身障害者福祉センター内に設置。1994年に新築の奈良県社会福祉総合センター内に移り、職員2人体制で現在に至っています。
奈良県知事より法人設立の許可を受け、「社団法人奈良県聴覚障害者協会」として1997年4月よりスタートを切りました。1998年10月からスタートした聴覚障害者に対する差別法令の改正を求める全国100万人署名運動で、奈良は6ヶ月間で目標2倍の23000人の署名を集めました。また、自治体議会請願行動の結果、県議会と37自治体議会が採択されました。折しも、検察審査員候補予定者に選ばれた奈良市在住の聴覚障害者に対して、耳が聞こえないことを理由に候補者から除外される問題が発生。当協会は「不当差別だ」と抗議行動をし、翌年の2月に法務大臣が「聴覚障害者も参加できるよう法改正する」との方針を発表する成果を勝ち取りました。
長年続いた事務局長宅の協会事務所を文化住宅「春日荘」(橿原市内膳町)に設置、初めて事務職員を置く。
当協会は第35回全国ろうあ者大会(宮崎市)にて、全日本ろうあ連盟より団体活動優秀賞を受ける。
定期総会40回目を迎えるにあたり、式典やアトラクション等を盛り込んだ第1回奈良県ろうあ者大会を開催。以来、毎年開催。当協会に老人部を結成。初代部長に岡田善蔵氏を選出。
機関紙『ろうあ大和』がオフセット印刷となり、定期的に発行する。
当協会事務所を初めて公共機関の奈良県心身障害者福祉センター(磯城郡田原本町)内に設置。
全国規模としては初めての第22回全国ろうあ青年研究討論会を奈良で開催。
奈良県手話通訳派遣センター発足。事務所は当協会事務所に置く。
奈良県手話通訳問題研究会(全通研奈良支部)が結成される。
当協会の組織人数300名を突破。第11回世界ろう者会議奈良集会(ポスト集会)を奈良市で開催、400人集う。
第8回近畿手話通訳問題研究討論集会を初めて奈良で開催。
機関紙『ろうあ大和』が第3種郵便物の認可を取得。
地元開催の第41回近畿ろうあ者大会にて大会初の海外劇団公演を実施、歴史的成功を収める。
当協会は第40回全国ろうあ者大会(秋田市)にて、全日本ろうあ連盟より「活動に優れた団体」の表彰を受ける。全国ろうあ団体機関紙コンクール展にて機関紙『ろうあ大和』が特別賞を受ける。
第27回全国ろうあ者体育大会を奈良市他2市1町で開催、史上最高の選手・役員2100人が参加。
当協会事務所を新築の奈良県社会福祉総合センター内(橿原市)に移す。
阪神・淡路大震災で被災者救援のため活動。義援金募金活動を実施(3ヶ月で430万円集める)。
社団法人奈良県聴覚障害者協会設立総会を開催。
奈良県知事より法人設立の許可を受け、「社団法人奈良県聴覚障害者協会」としてスタートを切る。
社団法人奈良県聴覚障害者協会が創立50周年を迎える。
第28回全国ろうあ婦人集会を初めて橿原市内で開催、全国から701人が参加。
第11回全国ろう教育を考える全国討論集会を初めて奈良市内で開催、全国から1005人が参加。
2000〜2009年
障害者自立支援法案をめぐる運動
2005年5月に「障害者自立支援法案」をめぐる聴覚障害者自立支援法案対策奈良県本部を設立し、運動を開始。決起集会や緊急集会の開催、国会議員と政党事務所に要請活動、県・市町村議会への「意見書」採択のための要請活動などを展開しました。同年10月に「障害者自立支援法」が採択された後も、2006年10月からの地域生活支援事業実施に向けて自治体に要望行動を行い、コミュニケーション保障にかかる事業は無料の堅持を、という運動を展開しました。
奈良の地名や名所など299語の手話を収載した冊子「奈良の手話」が完成。第48回全国ろうあ者大会を初めて奈良市内で開催、全国から3300人が参加。
機関紙「ろうあ大和」が200号達成。
ろう重複障害者のための通所作業所「いっぽの家」が開所。
当協会「婦人部」の名称を「女性部」と改める。
第17回全国ろうあ老人大会・第19回全国ろうあ老人ゲートボール交流大会を初めて橿原市内で開催、全国から700人が参加。
当協会「老人部」の名称を「高齢部」と改める。
第1回世界ろう者陸上競技選手権大会(トルコ・イズミル)に奈良から2人が出場。
第21回夏季デフリンピック(台湾・台北市)に奈良から陸上競技選手として2人が出場。
2010年〜
念願の情報提供施設開設/手話言語法・条例制定をめざして
奈良県で聴覚障害者情報提供施設の要望運動を始めたのは1986年で、10年間は進展なしでした。1997年に当協会法人化を契機に最重要課題として運動を進め、定期的な県との話し合いや県知事との面談を重ねてきました。ついに奈良県議会の2011年9月定例会で条例案と工事費などの補正予算案が可決され、長い要望運動が実を結びました。2012年9月1日に「奈良県聴覚障害者支援センター」が開所し、県内の聴覚障害者活動の新たな拠点がスタートを切りました。
手話言語法の制定を求める意見書採択運動では、2013年11月に運動を開始。2014年3月の河合町議会を皮切りに採択が続き、ついに奈良県内40自治体の議会すべてでの採択を成し遂げました。手話言語条例の動きでも、2015年3月に大和郡山市で県内初の条例が制定。2017年3月24日には奈良県議会において「奈良県手話言語条例」が全会一致で可決・制定されました(都道府県で全国12番目)。その後も大和高田市・広陵町・奈良市など続々と条例が制定され、手話言語条例の輪はさらに広がっています。
機関紙「ろうあ大和」が300号を達成。
東日本大震災義援金募金活動を実施(120万円集める)。
全国ろうあ団体機関紙コンクール展にて機関紙「ろうあ大和」がグランプリの「全日本ろうあ連盟理事長賞」を受賞。
第2回世界ろう者陸上競技選手権大会(カナダ・トロント)に奈良から1人が出場、当協会史上初の銅メダル獲得。
念願の聴覚障害者情報提供施設「奈良県聴覚障害者支援センター」開設。県内の聴覚障害者福祉の新たな拠点のスタートを切る。
公益法人制度改革に対応するため、従来の「社団法人」から「一般社団法人」へ移行。
大和郡山市議会において「大和郡山市手話に関する基本条例」が可決(4月施行)。奈良県議会において「障害のある人もない人もともに暮らしやすい社会をつくる奈良県条例」が可決。
奈良県議会において「奈良県手話言語条例」が可決、成立。都道府県では全国で12番目。
一般社団法人奈良県聴覚障害者協会が創立70周年を迎え、記念式典を挙行。
当協会機関紙「ろうあ大和」が400号を達成。
第52回全国手話通訳問題研究集会(2019サマーフォーラムinなら)を奈良市内で開催、全国から1169人が参加。